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あいぼん哲学

考えない哲学者💃あいぼんのアタマとココロの中。好き勝手に書いてます☺︎

【保存版】〝存在経済〟への挑戦。そこからみえた愛、時間、命のことなど。

あいぼん哲学 #かくめい 日々のこと 平和 Daliくん 感じたこと 恋愛 人生 慈悲 気づき





こんばんは!
アメリカ大統領選も終わり、世界も大きく動き出しているいま。
最近のわたしの疑問、挑戦、実験、心境を徒然なるままに書きます。




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2016年11月9日。
あいぼんFUNくらぶを始めました。
月額¥1000〜お好きなだけ。
平岡愛生存計画!実験!挑戦!
下記に詳しく☟





卒論執筆中のこんなタイミングで、初のクラウドファンディングもふたつ開始した。なぜかいま、すごく自分を追い込んでいる感じがしている。苦しい。なんで苦しい??それはきっとまだ自分に自信が持ててないから自分を信じ、愛しきれてないから。
こんなことを言ってる時点で論外(笑)そんな弱気なわたしが出てきている。自分が自分を信じられているとき、愛せているときはこんなことすら考えない。だってもうその状態に「ある」んやから。とわたしは思う。そしてわたしの場合、そのときは自分が行動しているとき。自らの足で動いているとき、わたしは「いま」を生きられている気がする。






・やっぱり初めての挑戦はこわい。

精神的にきつい。ワクワクもするけどドキドキもする。でも、その怖さの先の楽しさを、広がる世界のおもしろさを、わたしはきっと知っていて。だからこうして挑戦をする。そしてこれからも挑戦し続けるんだと思う。ずっとずっと「自分」への挑戦。「存在経済」なんてダイレクトに「自分」への「価値」がつくやん。つっらいわそんなん(笑)やっぱり挑戦することはこわい。まずは壁にぶち当たって、実は壁はなかったと知る(その壁も自分が作ってるから)でも、そしたらその先の世界は、どこまでもどこまでもやさしさでできてる。そんな世界を信じたいから、わたしはまずは、そんなやさしい世界を信じて生きることにした。






・相反するふたつの概念。

「命に値段はつけられない」と「時給、年収◯◯円」この真っ向から追突するであろうふたつのパラドックスは、ごくごく当たり前にわたしたちの世界の中にとけこんでいる。おもしろい!!!!!!!お金って、経済活動って、なんなんやろう?生命活動、生きるとは?わたしはこの「問い」を自らの人生で実験し、自分の答えを出すことにした。







・「時間=お金=命」

上記の一見矛盾するような概念はつなぎ合わせることができる。時間はすなわち命であって、わたしたちは生きている限り毎瞬毎瞬命を使い、死に向けて歩を進めている。「時間はない」と言ってしまえばそれまでのことだけれど、とにかくいまは「時間はある」という体で話を進める。で、時間はすなわち命であり、その命の時間をわたしたちはお金に変換して暮らしている。「時は金なり」byフランクリン・ルーズベルトだ。やはり「命=価値」という方程式は存在し(わたしたちが存在させているにすぎない)いまの人間社会では「価値=お金」という方程式が採用されているように思う。きっと、それが最もわかりやすく、用いやすいからだろう。ここで「命に値段はつけられない」と「時給、年収◯◯円」というふたつの概念がつながる。great!

一般的な貨幣経済の外側で生きている人も存在していて(代表的なので思い浮かぶのはいばやいばや通信のみなさんやホームレス小谷さんホームレス小谷のもっと他力本願!その他にもわたしが知らないだけでまだまだいるでしょう)彼らは「手持ちの」お金はないかもしれない。しかし、彼らの「生命活動そのもの」が目に見えない「信用」となって目に見える「お金」に変換されることがしばしばあるように思える。かっこいい!!!!!!!これこそがお金と命の在り方なんじゃないか、といまのわたしは思っている。

「時間」「お金」「命」をテーマにするにあたり、ミヒャエル・エンデさんの不朽の名作「モモ」を読破したかったが、その願いは叶わなかった。よって上記の方程式、解釈はわたし流のもので、大幅な勘違いや改善の余地は大ありかもしれない。ダメ出しあったらなんなりと教えてくださいませ。






・わたしの存在「価値」とは

さて。現代では「価値」が「お金」に変換される。それでは「価値」とは一体なんだろう?「生きてるだけであなたには価値があるんだよ」という人がいる。この上なくうれしい言葉でもあるが、はたしてそれはほんとうなんだろうか?(ほんとうだと思っているからわたしはこの実験を始めました)みんなの「命そのもの」に「価値がある」としたら、もっと別の働き方もあるんじゃないか?いまのような経済活動は変化していくのかもしれない?というわたしの仮説。批判ではなく、疑問に思う。わたしの「価値」ってなんだ?という、ある意味わたしのお悩みです(笑)

「あなたの言葉に救われた」と言ってくれる人がいた。猛烈にうれしい。「生きていてよかった」とさえ思う。それだけわたしは「誰かの役に立ちたい」それによって「自分の存在を認めたい」んだと思う。それがわたしの「価値」だとしたら、わたしの存在によって誰かのいのちが輝くこと(めっちゃ抽象的に言うとね)それがわたしの存在「価値」なんじゃないか。その手段を模索中!なう。そしてそれがわたしの生き方になればいい。そしたらわたしはしあわせであーる。






・わたしがほんとうにほしいもの

月額¥1000〜のFUNクラブを始めた。毎月なんやかんや固定費があって必要最低限のお金はほしいから(携帯代、奨学金の返済、昔やった全身脱毛のローン、年金?等々)あとは食費と移動費くらい?全部合わせて毎月10万円もあれば十分生きていける。いや、6万円くらい?それがいまの最低ライン。

わたしがほんとうにほしいものは「お金」ではない。「誰かに必要とされる」こと。それによってわたしは自分の存在を愛することができるから。わたしはわたしを愛したいだけ。これがな、きっとまだできてへん。自分を愛すること。一番基本的なこと。でも、なぜか一番難しいこと(自分が難しくしている)わたしは良くも悪くも(良いも悪いもないんやけど)自と他の線引きが何においても薄いようで。だから他人(それも自分)の評価や反応をすべて自分へと直結させてしまいがち。だからわたしは「誰かに必要とされている」と実感することで自分を満たす。しあわせを感じる。自分の存在意義を見い出す。






・あなたの存在はすばらしい

my favorite 推しメンの竹内頌くんがエッセイを書いてた!その言葉全部が美しくすごく感じるものがあったので、ここで紹介させてください。じっくり読んでほしいです。頌くんの決断、生き様。きっと彼の姿から、勇気を得る人も多いと思う。彼は未来の希望やなあと、わたしは心底思っています。

「自分の人生を愛するということ」は「自分の存在を愛すること」なんだと思う。そしてそれはわたしの場合「あなたの存在はすばらしい」と誰かに言われることなんだ。そうして初めて、わたしは自分の存在を、自分の人生を、愛することができる。「あなたがいるからわたしがいる」「君ありゆえに我あり」そんな世界で生きている。ひとりだけでは生きていけない。弱い存在だからこそ、わたしたちは愛し合える。






・「応援するよ」というメッセージの様々な意味合い

いろんな場面で「応援するよ!」「いつも応援してるよ!」というメッセージは飛び交う。この一文には様々な意味合いが含まれていると感じる。例えば、クラウドファンディング。実際にお金という形で支援するのか、SNS上でシェアをするのか、想いを讃え激励するのか、その人なりのいろんな「応援の仕方」がある。金銭状況や企画への共感度合いで、その手段は変わってくる。

FUNクラブについてもそうだ。実際に月¥1000、もしくはそれ以上(ひとりで5口申し込んでくれた方がいた)応援してくれる方。ページをシェアしてくれる方。「応援してるよ!」と伝えてくれる方。みなさん、ほんっっっとうにありがとうありがとうありがとうございます!!!それぞれの想いの表し方があって。それぞれの応援の仕方があって、共感の数に比例してその規模は大きくなり、具現化のスピードは速くなる。その共感とは「楽しい」の共有。ワクワクの共有。もっといえば「ザワザワ」の共有。「その先の世界を一緒にみたい」という謎のワクワクドキドキザワザワ感。キングコング西野さんキングコング 西野 - 絵が1000万円で売れた。 - Powered by LINEの「ドキドキしてる?」ならぬ「ザワザワしてる?」であーる(笑)自分一人でみる夢はただの夢だが、みんなでみる夢は現実になるのだ。共感の濃度の濃さ。それがみんなを巻き込むキーだと思う。






・無欲とはすべてのちからを手にすること

「無=全」by老子&仏陀だとしたら。「無欲であること」はすなわち「すべてとつながること」すなわち「無敵」ただの愛。最強状態。これは結構確信していて。わたしの場合、自分の欲、私欲なんてちっちぇえちっちぇえものでして。ただわたしをパイプとして、道具として、通過点として、使ってもらえたらなと思う。もっとおもろい世界のために。わたしのベスポジはそこやから。だから、わたしのお祈りはいつも「もっとおもろい世界のためにわたしを好きに使ってください。どんどんお好きに使ってください」って言う。そしたら神様や心友たちは、わたしにどんどんパワーをくれる。彼らの夢を叶えるために。それはわたしの夢でもある。

あいぼんFUNクラブはわたしのものじゃない。FANじゃなくて「FUN」やもん(笑)わたしが生きることにより、わたしがみんなのパイプ、道具になることにより、みんなでおもろい世界を創れたら。わたしの勝手な「存在経済」実験によって「自分を生きる」人が増えたら。それがわたしの勝手な願い。あいぼんFUNクラブが続くか、広がるか、は「わたしがどこまで無欲であれるか」という挑戦でもある。「あいぼん」なんてきっと時期とれてまうくらいがいい。






〜ここからは愛とか恋とかラララララ〜





・それでもやっぱり君が好き

いろんなステキな人と出会う中で、わたしはその瞬間瞬間、その人たちに恋をしているような感覚になることがある。〝愛〟は〝恋〟を内包している。 - あいぼん哲学という記事を前に書いたけど、そんな感覚でみんなのことが好きになる。それは異性としての恋愛感情かもしれないし、人としての尊敬かもしれないし、いち生命体への愛かもしれない。そして、いろんな感情を体験する中で「やっぱりわたしはダリくんが好きだ」という終着点に行き着く。彼の愛の器はすごい。わたしじゃ全然計り知れない。彼はまさに宇宙だと思う。


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ダリくん作。わたしのだいすきな彼の作品。


ツインソウルとか運命の人とか、そんなの全部自分が決める。この瞬間に運命が変わることなんて、往往にしてある。それでも、なぜだか彼は特別で(きっとわたしがそう思いたいから思っているだけのこと)静かに、しかし確実に深く、彼の存在はわたしの中に刻まれている。やっぱりわたしはダリくんが好き!!(大切なことは2回言う。これ強調系)

でも、みんなに彼を知ってほしいと思うのと同時に、彼を独占したいと想うきもちがわたしの中にはあるみたいで。それを知れたことが最近の大きな気づきかもしれない。自分の中の、誰かを独占したくなるきもち。自分のことを「特別だ」と思ってほしいきもち。自分は「みんなが好き」とか言ってるのに、なんか理不尽な感じでやーね(笑)

傷つくことがこわくて?プライドが高くて?ずっと受動的な恋愛ばかりしてきた気がする。相手に好きと言われたらわたしも好き。だってそのほうが楽だから。相手の「好き」の言葉に自分の存在理由を委ねていた。それがわたしの拠り所だった。

でも、ダリくんに対しては自分から「好き」だと想う。「愛してる」と想ってると思う。いや、「する」愛ではなく、ただ「在る」愛。そんな体験をわたしは今年の5月末にした。彼をとおして愛の一種の窮地?を体感させてもらったのだ(窮地とか非常におこがましいですが)彼がわたしを好きかどうか、付き合っているかどうか、ついには生きているかどうか、そんなことはどうだっていい。過去も未来もいまさえもなく?ただ「山田明広」の存在を知れたことが「わたしの人生の喜びだ」というきもち。ただただ溢れるその想いに、驚きと興奮を隠せなかったことを、わたしは今でも覚えている。あの感覚を言葉にするのは難しいし、言葉ですべてを表すことはできない。だからこそきっと「本物の何か」なんだと思いたい。異性として、人として、を超えた生命への愛。その美しくすばらしい一個の生命体の存在に対して、わたしは自分の内から猛烈な愛が溢れるのを感じたのだった。


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・最上級のしあわせはきっと、誰かを何かを愛する喜び。

わたしはまだ「愛への執着」を手放せていない。だからこそまだこんなにも不安で、誰かに必要とされたいきもちが強いのだと思う。だからこそ人とのつながりを求め、だからこそわたしは今日も生きているのだと思う。「愛したい」「愛されたい」という根幹の想いは、一生わたしの中から消えないかもしれない。
誰かを何かを愛するという喜びは、きっと人生でいちばんの喜びなんじゃないか?自分の内から溢れ出て止まらないその想いは、わたしにとてつもないパワーをくれる。わたしにとって、誰かを何かを愛することは生きるパワーの源なんだと思う。それがすなわち「平岡愛」を生きること。それがわたしのいまのしあわせ。だからわたしは、誰かを何かを愛して愛して愛しまくる。ただただそれを感じたい。愛しまくったら、愛されまくることを知っているから。結局は、自分が自分を愛しまくりたいんやんな。そう、結局ここに行き着く。







こんな風に日々いろんな感情が出てきて、そのたびにいろんな自分と出会って、様々な気づきをもらいます。ありがたいです。苦しくなったり、楽しくなったり、辛くなったり、元気になったり。わたしはそのすべての感情を自分から求めていて喜んでいる。だから、全部無駄じゃない。全部全部大切なわたし。

そうやって起こる出来事、起こしている自分、そのたびに出てくる想い、をまるごとハグして生きてゆく。そしたらさらに世界は広がる。おもろい世界が待っている。


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次回の命題「ほんとうに生命が第一なのか?」(笑)





愛と笑顔と祭りと夢と🌍💓





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冒頭に書いたクラウドファンディングふたつはコチラ☟


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まじでいまの心境やと泣けるまじで。
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